ボクが大学に入学したとき、白いブラウスにタイトなジーンズを穿いて、腰まである長い黒髪を靡かせて、颯爽とキャンパスを歩く先輩がいた。
小さめのヴィトンのバッグを肩から提げて、バインダーで纏めたテキストを持って歩く姿は、どんなドラマの中の主人公よりも格好良かった。
「ちょっと、キミ」
ある日、校門を潜ったところでそのお姉さんに呼び止められると、ボクは思わず後ろを振り返った。
後ろには誰もいない。
ボクはお姉さんの方に改めて視線を戻し、少し首を傾げながら自分を指差すと、
「そう、そこのキミ」
と言ってお姉さんは頷いた。
「ボクですか?」
「ボク以外に誰もいないことは、今振り返ってみて確かめたんじゃないの?」
強烈な言葉のカウンターパンチを浴びた。
ボクがバツの悪そうな顔をするとお姉さんは、
「新入生でしょ?」と訊いてきた。
コクリとボクが少しだけ頷くと、
「ねぇ、私たち、どこかで会ったよね?」
と言い出した。
(えっ?こんな綺麗なお姉さんがナンパ?しかも、学校で?)
ボクが露骨に驚いて見せると、
「あ…、そういうのじゃないから」
ときっぱり否定された。
少し気味が悪くなって、その場を立ち去ろうと校舎に向かって歩き出すと、お姉さんが後ろからついてきた。
歩きながらお姉さんが質問を重ねる。
「ねぇ、どこの高校?」
「中学は?」
「どこに住んでるの?」
これが普通のお姉さんだったら無視してしまうのだろうけれど、いつも綺麗だなと思っていた人だったからつい答えてしまった。
するとお姉さんはボクの行く手を塞いで、
「ハル?」
そう訊いてきた。
ボクは、思わず立ち止まった。
顔を上げてお姉さんを見てみると真っ直ぐにボクのことを見ていた。
長くはないボクの人生の中で、タカハルという名をハルと呼んだことのある人はひとりだけだ。
「ミキちゃん?」
長い間忘れていた名前が思わず口をついて出た。
途端にお姉さんの端正な顔が笑顔で一杯になって、
「ハルだよね?ハルぅ」
と言って抱きしめられた。
「うわ、公衆の面前で・・・」
最初は周りの人の目が気になったが、じきにお姉さんの胸がボクの胸に当たっていることの方が気になった。
ミキちゃんとは父親同士が同じ会社で働いていて、小学校の頃、山の中腹にある同じ社宅に住んでいた。
小学校までは、山を降りて歩いていく結構な道程で、集団登校が義務付けられていた。
ボクは小学校1年生から3年生のときまで、同じ社宅に住んでいる年長さんのミキちゃんに連れられて、登下校をしていた。
ミキちゃんはボクを本当の弟のようによく面倒を見てくれて、ボクはそんなミキちゃんに子供なりの淡い恋心を抱いていた。
学校の帰りにはミキちゃんとはよく道草をくって、近くの池でザリガニを釣ったり、小川でトンボのヤゴを採ったりして遊んでいた。
そう言えば、ウシガエルのオタマジャクシを捕まえて、暫く飼っていたが、死なせてしまったことがあった。
あんなに可愛がっていたのに、死んだ途端に気持ち悪くなって近所の小川に捨ててきたら、母親にこっ酷く叱られた。
「きちんと埋めてあげなさい!」
そう言われて、雨の中を死んだオタマジャクシの骸を拾いに言って、泣きながら空き地で穴を掘っていたら傘を差し出して手伝ってくれたのがミキちゃんだった。
雨の中、ひとつの傘の中で両手を合わせて拝んだ後、ボクたちは社宅の粗大ゴミ置き場に行って雨をしのいだ。
ミキちゃんはびしょぬれのハンカチでボクの顔を拭いてくれて、手や足についた泥を拭ってくれた。
二人でひとつの傘に入っていたので、雨に濡れたミキちゃんのシャツがちょっとだけ透けて見えていたのを覚えている。
その時、ミキちゃんがクンクンと鼻を鳴らしてボクの手の匂いをかいだ。
死んだオタマジャクシの匂いでもするのかなと思っていたら、こんどはボクの頭の匂いを嗅いで、
「ハル、ちゃんとお風呂で頭洗ってる?」
そう言われたのを鮮明に思い出した。
「うわ、嫌なこと思い出しちゃった・・・」
ミキちゃんが中学に上がる前に、お父さんの転勤でどこかに引っ越してしまったので、ミキちゃんの顔は忘れてしまっていたが、幼心にも
「頭洗ってる?」
のひと言はボクのトラウマとなって、それ以来大嫌いだったお風呂にも自分から入るようになって、今では朝のシャワーを欠かさない。
「懐かしいねぇ、何年ぶりぃ?」
少しはしゃいだ感じのミキちゃんの声で現実に引き戻されたボクは、改めてミキちゃんの顔をまじまじと見つめた。
ミキちゃんって、こんな顔してたんだ・・・。
「私の顔に穴が開いちゃうよ」
ミキちゃんがそう言って笑ったところで、再び我に返った。
「ねぇ、ハル、今日の講義は何時まで?」
「今日は午前中だけですけど…」
「じゃあ、お昼に学食で待ち合わせでいい?」
ボクが小さく頷くのだけ確かめると、ミキちゃんは踵を返してボクが目指していたのとは別の校舎に向かって歩いていった。
呆然とミキちゃんの後姿を見送っていると、後ろからボクの背中を肘で突付いたヤツがいた。
「今の誰?」
同級生の柴田に訊かれたが、ボクは曖昧な返事をして、そのまま目的地の校舎へと向かった。
大学に入学して二ヶ月、お姉さんのことが何となく気になっていたのは、お姉さんが綺麗で格好良かったからか、実は知り合いだったからなのか、どっちだろうと思いながら講義を聞いていると、あっという間にお昼の時間を迎えた。
お姉さんは構内でも結構な有名人だったから、実はフルネームまで知っていたのにどうしてミキちゃんと結びつかなかったのだろう。
子供の頃は、女の子の顔なんて気にしてなかったからかな。
でも、雨に濡れたシャツから透けて見えていたおっぱいらしきものだけは、記憶として鮮明に残っていた。
ミキちゃんが引っ越して行くとき、ミキちゃんはボクを件のゴミ置き場に連れて行って、唇が半分だけ重なるようにしてキスをしてくれた。
どうしてそうなったのかは覚えていない。
それはボクのファーストキスで、ミキちゃんのことは大好きだった筈なのに、ミキちゃんと別れて家に戻ったとき、ボクは洗面所で口の端に石鹸をつけて洗った。
ボクはその頃潔癖症で、親の食べかけたものも口にすることができず、中学に入ってからも友達同士でのペットボトルの回し飲みや、水筒のお茶を分けてもらうのも苦手だった。
お昼時の学食は混んでいて、ミキちゃんの姿を探したが、どこにも見当たらなかった。
「ハールっ」
後ろから声を掛けられて振り返るとミキちゃんが立っていた。
「混んでるから、他へ行こうか?」
そう言われて首だけを突き出すように軽く頷くと、ミキちゃんは構内の駐車場に向かって歩き始めたので、ボクは慌てて追いかけた。
何台も停まっている車の前を足早に通り過ぎて、駐輪場近くまでくるとミキちゃんはメタルグレイのバイクの前で立ち止まった。
そして鍵を取り出すと、バイクから真紅のメットを取り外してボクに投げて寄越した。
バイクのタンクの横にNinjaと書いてあって、バイクに詳しくないボクでもそれが原付ではないことは一目で分かった。
「直ぐそこだけど、被っておいて」
そう言われたけれど、あまりにも意外な展開に固まっていると、
「ほら、こうして…」
とメットをボクの手から取って頭に被せようとしたところで笑い出した。
ミキちゃんのヘルメットはボクの頭には小さすぎて、帽子のようにつっかえてしまった。
「ハル、結構、頭大きいんだね!」
“ミキちゃん、ストレートすぎてイタいよ”
気にしていることをグサリと言われて、ボクはちょっと落ち込んだ。
「ミキちゃん、世の中の人がみんな、ミキちゃんみたいに八頭身だと思わないでよ…」
ミキちゃんは大きくて白い歯を見せてメットをボクから奪い取ると今度は自分で被ってバイクに跨った。
「乗って」
「あの、こんなの乗ったこと無いんですけど・・・」
「大丈夫、大丈夫」
抵抗しても無駄だと知り、ボクは覚悟を決めてカバンを斜め掛けにするとミキちゃんの後ろに跨った。
するとミキちゃんが身体を捻ってボクの腕を取って自分の腰に捕まらせた。
掴まった瞬間、セルが回る音がして、エンジンがかかったかと思うとミキちゃんの左足がガチャリとギアを踏むとバイクは発信した。
「ぎゃー、死ぬぅー」
それまでに経験したことのあるどんなジェットコースターよりも怖かった。
ミキちゃんの腰に抱きついて、と言うよりも、もう背中全体にしがみついていた。
背中に身体を密着させていたのだから、エロい、邪な感情が湧き上がって然るべきシチュエーションだったにも拘らず、ボクはただ、ただ、恐怖と戦っていた。
「着いたよ」
ボクはバイクが止まってもミキちゃんの背中にくっついたままで、固まっていた。
腕をポンポンと軽く叩かれて漸く腰に回した腕を解き、バイクから降りて気がつくと、ボクたちはキャンパス内を半周して反対側のところある学食の前に来ていた。
「こっちなら空いているから」
格好良く足でスタンドを蹴り出してバイクを停め、メットをバイクに繋いで鍵を掛けるとミキちゃんは、
「行こ」
と言って先に歩き出した。
「ハル、何にする?」
券売機の前でミキちゃんに訊かれて、ボクがハンバーグとスパゲッティのついた日替わり定食のボタンを指差すとミキちゃんは、
「私も」
と言って、二人分の食券を買ってくれた。
向かい合ってテーブルに着くと、当然のことなのだけれどミキちゃんの顔が正面に来て、何だか照れてしまった。
“ねぇ、ミキちゃん、どうしてそんなに人の顔を真っ直ぐに見られるの?”
心の中でそんな風に思ったけど、それでも勇気を出して、できるだけミキちゃんから目を逸らさずにいると、
「ハル、食べないの?」
と言われて慌ててハンバーグを突付いた。
聞いてみると、お父さんの転勤で中学・高校と海外で過ごし、日本の大学に入るためにミキちゃんだけが帰ってきたらしい。
バイクと直接関係するのかどうか分からなかったけれど、何となく普通の女子大生と違うのが合点がいった。
抱きしめられたのも、ハグというやつで他意はなかったらしい。
たったそれだけのことなのに、そうと知るつ身分不相応にも何だかがっかりしている自分がいた。
ミキちゃんはもう四年生だったので、就職先として大手会社の内定も貰っていた。
卒業に必要な単位も殆ど揃っていて、残りの学校生活は悠々自適らしい。
身の丈に合っていない学校に偶々受かってしまい、最初から落ちこぼれそうなボクとは大違いだ。
ランチを食べ終わっても午後の間、ボクたちはずっと昔話に花を咲かせていた。
話しているうちに漸くボクも慣れてきて、普通に話ができるようになってきた。
綺麗な人とはしゃべっているだけで楽しい。
日も落ちて周りの学生も少なくなったころ、ボクたちは漸く学食を後にした。
バイクに跨りながらミキちゃんが言った。
「ハル、携帯の番号、言って」
ボクが素直に番号を告げるとミキちゃんはその番号を直接自分の携帯に打ち込むと、ズボンのポケット中のボクの携帯が鳴った。
「じゃあ、またね」
そう言うとミキちゃんは軽くバイクのスロットルを回してエンジンをふかすとメットの裾から伸びた長い髪を風になびかせながら走り去っていった。
ミキちゃんと再会できたのは嬉しかったけれど、三つ上の先輩というのは小学生のときの三つ違いよりも差が大きくて、とんでもなく遠い大人の女性に見えた。
着信をくれたということは電話をしてもいいよ、と言ってくれているのだとは思ったが、何日たってもボクからは連絡できずにいた。
すると、ミキちゃんの方から掛かってきた。
「もしもし、ハル?」
「はい」
「明日、用事ある?」
「いいえ、特に・・・」
「じゃあ、午前十時に中央口の改札で待ってるね」
繁華街のある駅名を一方的に告げられて、ボクの返事を待たずに電話は切れた。
「外国暮らしが長いとこうなのかな?」
そんな風にも思ったけれど、何れにしてもボクはミキちゃんとまた会えるのが嬉しかったので、待ち合わせにだけは遅れないように週末の人出でごった返した駅に向かった。
“こんな人混みの中で会えるのかな”
そんな風に思って、携帯を取り出した。
「待った?」
携帯を弄っていると不意に声を掛けられて、顔を上げるとミキちゃんが目の前に立っていた。
待ち合わせの時間にはまだ少し早かったけど、ミキちゃんも時間の前に来てくれたことが何だか嬉しかった。
「あの、今日は…?」
遠慮がちにボクが尋ねると、ミキちゃんはさも当然のように、
「デートだよ」
と答えた。
少し面食らっているとミキちゃんはボクに腕組みをしてきて、歩き出すようにボクの身体を少し押した。
ミキちゃんの胸の膨らみが二の腕に当たっているのが感じられて、ボクはドキドキしていた。
こうしてミキちゃんとは学校で会うとお茶を飲みながら話をしたり、週末になるとデートに誘ってもらったりした。
ボクはそれだけで幸せな毎日を送っていた。
そんなある日、ボクが風邪を引いて寝込んでいると、ミキちゃんは心配してメールをしてきてくれた。
『ハル、学校に来てないよね?どうしたの?』
『風邪引いちゃいました。』
『熱は?』
『三十九度くらい』
『!!!』
このビックリマークのメールが届いてから約三十分後、ボクの下宿の外で大型のバイクのエンジン音がしたかと思うと、ミキちゃんが部屋に乗り込んできた。
「ちょっとぉ、ハルぅ、風邪なら、どうして連絡くれないの?」
玄関先には、ちょっと怖い顔をしたミキちゃんが立っていた。
「いや、心配するといけないと思って…」
「連絡がないともっと心配するじゃないの!」
ミキちゃんはブーツを脱いで勝手に上り込んできたかと思うとボクの枕元で膝まづいて、ボクのおでこに自分のおでこを当ててきた。
息がかかるほどの距離にミキちゃんの顔があって、それだけで熱が上がりそうだった。
「熱は思ったほどないみたいだけど、何か食べた?」
ボクが首を横に振るとミキちゃんはこれまた勝手に台所に向かうと何の遠慮もなくウチの冷蔵庫の扉を開けた。
「ハル、何にも無いじゃない!」
“うわっ、風邪で臥せっているところへいきなりやってきて冷蔵庫の中身を非難されても…”
とも思ったが、心配してきてくれたのは解っていたので申し訳なさそうに目を伏せるだけに留めておいた。
ミキちゃんはボクのところに戻ってくるとさっき枕元に置いたヴィトンのカバンだけを掴んで出て行った。
寝たままで玄関口の方を見ると、ミキちゃんのブーツが玄関に残ったままだったから、どうやらボクの靴かツッカケでも履いて出て行ったらしい。
二十分経っても、三十分経ってもミキちゃんは帰って来ず、ボクはそのままウトウトと眠ってしまった。
ミキちゃんが持ってきてくれた風邪薬を飲んだせいかもしれない。
目が覚めるとミキちゃんが戻ってきていた。
戻ってきていたのは良いのだけれど、ミキちゃんはボクの隣で無防備に眠っていた。
かぁっと頭に血が上って、心臓がドキドキした。
ミキちゃんは着ていたブラウスとジーンズを脱いで、その辺に置いてあったボクのトレーナーに着替えるとボクと一緒の布団に横たわっていた。
静かな呼吸に合わせて規則正しくミキちゃんの胸が微かに上下している。
それに、とってもいい匂いがした。
足元の方に目をやるとトレーナーの裾から下着がバッチリ見えていて、その先には長い生足が伸びていた。
“タカハル、何をしているんだ!チャンスだぞ!”
大きなフォークを持って先の尖った尻尾をした悪魔がボクの心の中で唆した。
でも、そのころにはもうミキちゃんのことが好きで堪らなかったから、ミキちゃんが目を覚ますのが怖くて何もできなかった。
ボクはただ自分に掛かっていたブランケットの半分をミキちゃんの身体に掛けてあげただけだった。
ミキちゃんは、ボクを弟のように可愛がっているだけで、オスっぽいところを見せたらきっと離れて行ってしまう…。
そんな風に思えて、ボクはミキちゃんを失うことを何よりも恐れていた。
そんな中、薬の所為かボクは再び睡魔に襲われると、ミキちゃんの寝顔を横目に見ながら再び眠ってしまった。
次に目を覚ますと、もうお昼をとっくに回っていた。
隣にミキちゃんの姿はなく、台所に目をやるとミキちゃんが何かを作っているようだった。
どこから持ってきたのかエプロンを着けたミキちゃんの姿が台所にあるのを見ているだけで何だか心が落ち着いた。
よく見ると、さっき横たわっていたままの姿にエプロンをしているだけなので、素足が見えていたりしていて何だかエロい。
「ハル、起きた?」
ボクの視線を感じたのかミキちゃんがボクの方を見て言った。
見つめていたミキちゃんの脚から視線を逸らして、ひと言”うん”とだけ返事した。
「あ、これ、勝手に借りてるね」
ミキちゃんは来ているトレーナーの胸のあたりを少し引っ張って見せた。
ボクは再び”うん”とだけ答えた。
「土鍋もレンゲもないからこんなのでごめんね」
ミキちゃんは普通のお鍋でお粥を作り、スプーンと一緒に枕元に持ってきてくれた。
「こんなのって、お鍋もスプーンもボクのなんですけど…」
そう思ったけど、黙っていた。
ボクは身体を起こして布団の上に座ると、ミキちゃんはお粥をひと匙掬ってフーフーするとボクに食べさせてくれた。
“こんな”お鍋とスプーンだったけど、お粥は間違いなく美味しかった。
食べ終わって少し落ち着いてから周りを見てみると、部屋の中が綺麗に片付いていた。
ミキちゃんが洗濯機を回している間にコソッと押入れを覗いて、秘蔵のエロ本の無事を確認した。
ミキちゃんはそれからもクルクルと良く動いて、あっと言う間に洗濯物を干してくれたりすると、
「早く良くなってね」
そう言って、玄関先でブーツを履くと、胸の前でボクに小さく手を振って帰って行った。
バイクのエンジン音がだんだん小さくなっていくのをボクは耳を凝らしていつまでも聞いていた。
そんなことがあってから、最初のうちは週末だけのお誘いだったのだけれど、そのうち平日にもお誘いを受けるようになった。
食堂でご飯を食べていると、突然目の前に現れて、唐突に言う。
「ねぇ、ハルぅ、いい天気だよねぇ。映画見に行こっかぁ」
“ボクはミキちゃんと違って講義がたくさんあるんですけど…、それに、いいお天気の時は映画じゃないと思うんですけど…”
そう思ったけど、ミキちゃんに、
「ねっ?」
と言われると、何が”ねっ”か分からなかったが、ボクは速攻で頷いていた。
スタスタと前を歩くミキちゃんについていくと、その日もやはり駐車場に向かっていく。
でもその日、ミキちゃんはもうひとつヘルメットを用意していて、ボクにメタルブルーのメットを手渡すと自分で赤い方を被った。
新しいブルーのメットはボクの頭でも大丈夫で、カバンを襷掛けにしてタンデムシートに跨るとミキちゃんに後ろから抱きついた。
「しっかり掴まっていてね」
「はい」
「胸は触っちゃダメだよ」
ミキちゃんがマジで言っているのか冗談で言っているのかが気になったが、バイクが動き出すとそれどころではなくなった。
前の時よりも長いジェットコースターに吐きそうになりながらも必死に耐えて、漸く繁華街に到着したころ、ボクはもうヘロヘロだった。
「ハル、着いたよ」
ミキちゃんに促されてやっとの思いでバイクから降りたのだけど、ボクの腰はもうフラフラだった。
「ほら、ハルったら大げさなんだからぁ」
ミキちゃんに腕組みをされて歩き始めたけど、傍から見ればミキちゃんに連行さられているように見えたかもしれない。
実際にそうだったのだけれど。
その日もミキちゃんは二人分のチケットを買ってくれそうになったのだけれど、
「この間はお世話になったんで、今日はボクが払います」
そう言うと、ミキちゃんは、意外とあっさりと、
「そう?」
とひと言だけ言って、直ぐに財布を引っ込めた。
“うわ、二人分のチケットはちと痛いなぁ…”
そんなことが一瞬脳裏を過るセコいボクだったが、実際に支払ってみるとその日は”映画の日”で略半額だった。
映画は洋画のコメディだったのだけど、ミキちゃんは外国育ちのせいか、字幕が出る半テンポくらい前に笑う。
スクリーンが明るくなった時に光に照らされたミキちゃんの横顔を見ていると、不意にボクの方を向いて、そっと手を伸ばしてきたかと思うと指でこめかみをツンとされて前を向かされた。
その代わり、ミキちゃんはボクの手を取って映画が終わるまでずっと握っていてくれた。
その時点で、ボクはもう映画どころではなくなってしまった。
「お腹空いたね」
映画が終わるとボクたちは近くのイタリアンレストランに入った。
前菜の盛り合わせを二人で分けることにして、それぞれがパスタを一品ずつ選ぶことにうなったのだけれど、何がいいのかわからない。
「私が好きなの選んじゃっていい?」
ミキちゃんにそう言ってもらった時にはホッとした。
「私は運転があるから飲まないけど、ハルは飲む?」
ボクは首を振りながら、
「まだ、未成年なんで」
と答えると”そうだったね”とひと言呟くと炭酸入りの水を二人分注文してくれた。
この時初めて、味のしない炭酸飲料を口にしたが、いまでは病み付きになっている。
前菜が運ばれてきて、トマトに真っ白なチーズが載ったものを口に運んでいると、ミキちゃんはグリッシーニなる細い木の棒みたいなものをカリカリ齧りながら訊いてきた。
「ねぇ、映画、どうだった?」
ミキちゃんに手を握られてから、後半はあまり見てなかったのだけれど、
「面白かったです」
と応えると、
「どこが?」
と聞かれて、ボクは少し焦った。
でも、嘘を言ってもしようがないと考えて、
「笑うところじゃないですけど、最後のウルウルきたところ」
と答えると、
「ハル、分かってるじゃん、私も!」
そう言ってニッコリ笑うとテーブル越しに手を伸ばして頭を撫ででくれた。
何度かそんなことがあって、ボクはミキちゃんとのデートを存分に楽しませてもらった。
そんなことが二か月くらい続いたある日、いつもならミキちゃんはその日のデートスポットにボクを直ぐに案内してくれるのに、会っていきなり喫茶店に連れて行かれた。
暑い日で、アイスコーヒーを頼んだのだけれど、ミキちゃんの顔に笑顔は無く、ボクはストローでグラスの氷をくるくる回すしかなかった。
整った顔で見つめられるとそれだけで凄みみたいなものがあった。
“ボク、何かしでかした?”
途端に不安が過ぎって、ミキちゃんから目を逸らすと、
「ハルっ」
といつもとは少し違った口調で呼ばれた。
「はい」
ボクは畏まって背筋を伸ばし身体を硬くすると、ミキちゃんが言った。
「ハル、そろそろはっきりさせなきゃ駄目だよ」
「何の話…?えっ?ボク、何か悪いことしました?」
「何もしてないことが悪いのっ!」
「えっ?えっ?」
ボクが目を白黒させていると、ミキちゃんはガックリと肩を落とし、小さな声で、
「この、意気地なし」
と呟いた。
雰囲気的にミキちゃんが何を示唆しているのかは解ってきていたけれど、ボクには自分の想像に自信が持てなかった。
「ハル」
「はい」
「好きな娘にはきちんと思いを伝えないとどこかへ行っちゃうよ」
「えっ、ミキちゃん、どっか行っちゃうの?」
咄嗟にタメ口でオウム返しのように言ってしまうと、ミキちゃんはちょっと呆れた顔をしたけれど、やがてその日初めて笑顔を見せてくれた。
「ちょっと婉曲的だけど、それで許してあげる」
「え?」
「ハル、遅いよぉ」
「あの、もしかして、ボク、いまコクっちゃいました?」
ミキちゃんは微妙な表情を浮かべながらも頷くと、
「もう少しロマンチックに言って欲しかったけど、ハルの気持ち聞けたから、それで許してあげる」
そう言うと、ミキちゃんはボクを見つめながら大きく息を吐いて椅子の背もたれに身体を少し預けた。
「あの、それで、お返事は…?」
告白したのなら、返事を貰わなければと尋ねると、ミキちゃんは”あのねぇ、”と何かを言いかけたけど、その言葉を飲み込むと背筋を伸ばしてボクの目を真っ直ぐに見つめてきた。
「大好きに決まってるじゃん」
はっきりとそう言ってくれた。
「…ありがとう」
「なに、それ?まるで、私が告白したみたいになってるじゃない」
「いや、そういう訳じゃないんだけど、嬉しかったから」
ミキちゃんは、”仕様が無いわね”といった顔をして、伝票をつかむとお会計に向かった。
喫茶店を出るといつもとは駅の反対方向に向かってボクたちは歩き始めた。
“あの、ミキちゃん、そっちの方向って…”
経験の無いボクでもそちらの方向に何があるのかは知っている。
入り口で部屋の番号を選んでボタンを押すと相手の顔が見えない高さに開いた窓だけの受付があって、ボクたちは鍵を受け取った。
指し示されたエレベーターに乗って部屋に向かい、鍵を開けて中に入ったところでミキちゃんはボクの首に抱きついてきた。
ミキちゃんの胸がボクの胸に押し付けられて、もうその段階で鼻血がでそうだった。
暫く抱き合っていると、
「ハル、少し屈んで」
といわれて少し膝を折り曲げると、ミキちゃんはボクの頭に鼻を近づけてきてクンクンすると、
「いい匂い…」
と言ってくれた。
ボクはそれだけで、長年のトラウマから開放された気がした。
「ハル、キスしたことある?」
訊かれて、咄嗟にボクが頷くと、
「ハル、女の子と付き合ったことないって言ってたの、ウソ?」
と声が少し尖ったので、ボクは慌てて首を横に振った。
こんな時、美人の整った目で見つめられると、ちょっとコワイ。
「なに?相手は男の子だとでもいうの?」
頭の回転の早い、外国的な発想にボクは思わず笑ってしまった。
「ミキちゃんだよ、覚えてない?」
そう言って、小学生の時の話をすると、ミキちゃんの目に安堵の色が広がり、
「あのねぇ、キスっていうのは、こういうのを言うのっ」
そう言って唇を重ねてくると、ボクたちはいつまでもお互いに唇を吸い合っていた。
ボクがシャワーを浴びている間に、ミキちゃんはコンドーさんをどこからか見つけて、枕元においてくれていた。
ミキちゃんもシャワーを浴びて、バスタオルを巻いたままベッドに入ってきたとき、ボクはもうドキドキが止まらなくなっていた。
バスタオル一枚のミキちゃんは想像以上に色っぽくて綺麗だった。
ミキちゃんの身体は透き通るように真っ白で、お肌がすべすべだった。
ぎこちなくキスをして、映画で見たことがあるように舌をミキちゃんの薄い唇を割って滑り込ませてみた。
舌の先がミキちゃんの舌先に当たっただけだったけど、柔らかくてそれだけで興奮した。
ボクは片手をミキちゃんのおっぱいに当てて掌でゆっくりと揉んでみた。
「柔らかい!」
夢にまで見た女の人のおっぱいをボクは触っている。
今度はミキちゃんの手を取ってボクの股間に導き、爆発寸前にまで屹立したジュニアに触れてもらった。
ミキちゃんはそっと掌でボクを包んでくれたけど、それ以上は何もしなかった。
「ハル、挿れる?」
ミキちゃんに囁かれて、ボクは枕もとのコンドーさんに手を伸ばすと装着を試みた。
先っぽを被せて根元の方に伸ばそうとするが上手くいかない。
焦れば焦るほど、不器用なボクはうまく装着できなかった。
「ハル、ちょっと見てもいい?」
ミキちゃんが優しく助け船を出してくれて、ボクの股間を確認すると、
「ハル、裏返しだよぉ」
と言って、コンドーくんを外した。
そんな遣り取りの中、ボクのジュニアはすっかり委縮してしまって、うな垂れてしまっていたのだけれど、ミキちゃんの手がニギニギして少し刺激を加えると瞬く間に復活した。
ミキちゃんはもう一つコンドーくんの袋を開けて、中身を取り出すとボクに被せてくれた。
今度はスルスルとすんなり根元までの装着が完了した。
「ハル、来て」
ミキちゃんは仰向けになって膝を少し曲げると両腕をボクの方に伸ばしてくれたので、ボクはミキちゃんに覆い被さっていった。
ミキちゃんに手を添えてもらって、ボクは無事ミキちゃんへの侵入を果たした。
一番奥まで入ったとき、ミキちゃんがボクに下からしがみ付いてきたので、ボクはミキちゃんの中でその暖かな温もりをじっと感じていた。
でも、そのうちに猛烈な快感が襲ってきて、ボクはミキちゃんの中でピストン運動を開始した。
ミキちゃんの眉根に皺が寄ったのが気になったけれどやめられなかった。
そしてボクはあっという間にミキちゃんの中で果てた。
放出と共にいつもの自分に戻ると、ミキちゃんのことが気になって、
「大丈夫?」
と聞くと、
「次は、焦らないでいいからね」
そう言って優しくボクの頭を撫でてくれた。
ボクは少し反省しながらも心の中ではこっそり、
“次があるんだ”
と思って嬉しかった。
ゴソゴソと手を伸ばしてティッシュを取ると出したものでシーツを汚さないようにティッシュを当てながら引き抜いてコンドーくんを包むとティッシュに赤いものがにじんでいるのが目に留まった。
ミキちゃんの大事なところをこっそり覗くと、ミキちゃんのお尻の下辺りのシーツに血がにじんでいた。
「ミキちゃん…、もしかして…、初めて?」
思わず尋ねると、ミキちゃんはあっけらかんと、
「悪い?」
と優しい目をしながら答えた。
「ボクみたいなのが、初めてでゴメン…」
そう言うと、
「何言ってんの?ハル、素敵だったよ」
と言ってボクの頭を抱き寄せるとチュっとしてくれた。
お互いにとっての初体験の後、ミキちゃんに腕枕をしながら訊いてみた。
「ミキちゃん、いつからボクのことを気にかけてくれてたの?」
ミキちゃんは目の玉を少し上に向けて考えたあと、
「ハルが、あのハルだって判った時かな」
と答えた。
「でも、ミキちゃん、男の人に不自由しないでしょ?」
そう尋ねると、素直に頷いた。
“そりゃ、そうだよね”
見れば見るほどミキちゃんは綺麗で、口元なんかは外国の女優さんみたいに歯が白くって眩しかった。
そのことを言うと、ミキちゃんは、
「ありがとう、でも、ハルはやっぱり変わってるね」
と言った。
「えっ?」
思わず聞き返すと、ミキちゃんは、
「歯を褒める人ってあんまりいないよ」
そう言って、思いっきりニッと笑って歯を見せてくれた。
“ボクよりもミキちゃんの方が何倍も変わっていると思うけど…”
でも、口には出さずに黙っていた。
ミキちゃんの歯並びは元々はすごく悪くって、外国でとても恥ずかしい思いをしたらしい。
ミキちゃんのご両親には、少し早めにミキちゃんと一緒に暮らし始めることを許してもらって、ボクたちは少しだけ広めのマンションを借りた。
近所の川べりには、幹の太い桜の木があって、春になると立派な花を咲かせるらしい。
一緒に暮らし始めたその夜、ゆっくりゆっくりミキちゃんを突いていると、ミキちゃんはボクの頭を撫でながら、
「中で出していいよ」
と言ってくれた。
ボクがミキちゃんを強く抱きしめると、ミキちゃんはボクの耳元で囁いた。
「ハルの赤ちゃん、早く欲しいな」
昔よく面倒を見てくれたお姉さんはボクのお嫁さんになった。
ボクたちは今でもご近所でオシドリ夫婦として知られている。